いつからだろう。母が死んで、魔女に出会って、幼かった弟妹の行く末を危惧し、母の葬儀に顔も出さなかった父に歯を食い縛って嘆願し、放逐されたように情報を改更し、かつての身分であった自分を殺して別人として生き始めた頃からだろうか。
この国が栄えるたびに、見上げなければならなかった小山のような父が肥えて見えるようになったのは。




称号のない男  1




「ナンバーのないラウンズ?」


枢木スザクはただ純粋に驚いた。
便宜上12名の騎士は、それぞれ宛がわれたナンバーで呼ばれることがしばしばある。権力の強い順に若い番号を振られるが、番号のないラウンズなど存在するとすら思わなかったのだ。
スザクはその話を持ってきたジノ・ヴァインベルグを見た。


「そんなのいるの?っていうかジノ、それどっから聞いてきたの?」
「ん?私の耳は長いのさ。で、話戻すけどさ、顔や名前や戦歴とかの公開はあんまないんだけど、けっこう長い間ラウンズにいるみたいなんだ」
「KMFの個体機はあるんだろ?出撃記録は?」
「さあ、そこまでは?」


そんな権限なんか私にはないよと快哉に笑うジノに毒気を抜かれ、スザクはため息を吐いた。肩を落とすとマントの重みがぐっとかかる。
彼は何故こんな話題を自分に話したのだろう。


「何だよそれ…」
「だって気にならねぇ?私らラウンズは言っちゃえば数字でランクが決まるじゃん。なのに数字がないんだぜ?数字がいらないほど強いのか、数字がつけられないほど弱いのか…」


ジノの興味はそちらへ注がれているようだが、正直スザクにとってはどうでもよかった。
とある一件で一介の軍人だったスザクが第五皇女ユーフェミアの筆頭騎士になり、KMFランスロットのデヴァイサーの腕を買われてラウンズまでのし上がった運には何か作為めいたものを感じないんでもないが、ユーフェミアとの関係は今も良好であり、差し当たった問題があるわけでもない。


「で、それだけ言いにわざわざ僕のところまで来たの?」


だとしたらどれだけ暇なのだ。
しかしジノはぷるぷる首を横に振り、違う違うと好青年よろしく爽やかな笑顔で言った。ここで自惚れるなと茶化さないあたり、嫌味のないジノの人当たりの良さが窺い知れるだろう。


「仕事だって呼びに来た」
「普通そっちが先じゃないの!?」




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ごめん、ごめんってばと笑いながら誤るジノ(こんなときまで笑顔なのだから、寧ろ根性のイイ性格ではないのか!)を半ば置いて、スザクは足早に先を急いだ。
部屋に入ると、アーニャ・アールストレイムが携帯電話をいじりながら何故か人形を隣に置いてソファに座っていた。


「ごめんアーニャ!待たせたかな」
「待った。すごく」
「ごめん…」
「悪いなアーニャ。それで、今回の仕事のメンバーはまた私たち三人か?」


確か、前々回の仕事も同じ顔触れだった気がする。同年代ということで、もしかしたら一纏めにされているのだろうかとつまらないことをぼんやりスザクが考えていると、アーニャは 「あと一人」 と小さく呟いた。


「何だ、私たちが最後じゃないのか。で、あと一人は誰だ?」
「知らない」
「知らない?」
「でも、ここにいる」


アーニャは自分の座っている隣を指した。ジノもスザクもそちらへ目を向ける。
黄色い体に和やかな閉じた目、何の冗談か小さな黒い帽子がちょこんと頭に乗っている。
それは某ピザ屋の、ポイントを溜めるともらえる人形だった。名前は確か、


「おいおいアーニャ、このチーズくんが私たちと仕事するって?色々冗談がすぎるんでない?」
「でも、そう言ってた」
「え?」
『初めましてラウンズ諸君』
「うわ、」


突然喋りだした人形に飛びのいたジノは素早くスザクの後ろに隠れる。スザクより体格の良いジノは当然スザクの背からはみ出ているので、なにやら滑稽だ。


『残念ながら君たち二人が最後だ。人形を介しての接触は無礼とわかっているが、目を瞑ってくれると助かる』
「おたくさん、どなた?」
『訳あってあまり顔と名前は明かしたくないが、君たちと似たような仕事をしているとだけ告げておこう』


若い。声を聞いた限りのスザクの印象である。
少しばかり尊大な態度で少々癇に障るが、人形についている通信機を通して流れてくるバリトンは大人より柔らかい。


「ラウンズってこと?」
『さてな。生憎KMFの腕前は他のラウンズに対して胸が張れるほど優れているわけではない。質問はこれで終わりにしたいんだが、気は済んだか、ヴァインベルグ卿』
「ジノって呼べよー。同僚なんだろ?」
『さてな』


のらくらと煙に巻いている相手にジノは嫌な顔ひとつするどころか興味が沸いたらしく、にやにやと口元がだらしなく緩んでいるが、姿を見せずに機械を通したり、尋ねたことに真面目な答えを寄越さなかったりと、スザクはどうにも好きになれなかった。


「…君は、今回の任務の間でも、僕たちに姿を見せないつもりかい?」
『その声は枢木卿か。……そうだな。必要とされない限りはそちらに顔を出すことができない。戦闘では私は役に立たないだろうしな』
「じゃあ、何故今回の仕事に君も含まれているの」
「スザク、そりゃ尋問だって」
「ジノは黙ってて」


通信機の向こうにいるであろう相手はしばし沈黙し、ひっそりため息を吐いた。


『そんなもの…皇帝が私を使えると判断したからだろう。すまないが私はこれで失礼する。今回の任務は戦闘も含まれているから、なるべく君たちに有利な状態で働きかけるつもりだ。大方の指示は追々あるだろう。それでは』
「待って。君は…」
『私のことなどないものと考えてくれればいい』


それきり、人形は静かになった。







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(080619)