この設定から成り立ってます。







ジノ・ヴァインベルグは何事に対しても面白いことを見つけることが上手かった。というよりも、その物事の限られた範囲内で妥協しつつも最大限に楽しむことを知っていた。故に、ジノは見かけよりもずっと柔軟な思考をしていると言える。それはナイトオブラウンズという騎士職を拝命している現在でも、若くしてスリーという高位にいる、ある意味異彩を放つジノの人当たりの良い人柄を作りつつ、周囲の妬みを柔らかく受け入れることに役立っていた。要は、些事にかかずらわない鷹揚さを持っているのである。
ある日他国へ仕事で赴いていたジノが帰国して皇居を歩いていたときのこと。


「ん?」


一言で言えば、やけにはっきりしたモノトーンのツートンカラー、と思った。
黒のマントが翻る。マントなんて長くて裾の邪魔っ気なものを着るなど、今時貴族も皇族ですら流行らない。皇帝直属の騎士であるナイトオブラウンズの正装以外では。
マントの下で白い燕尾服がなびく。マントの柄と詰襟の柄が似ている。ジノは眩暈を感じた。自分の着ている服のまんまではないか!
ジノと色違いに見えるラウンズの服を着ているそれは、ジノに凝視されていることに気づかないのか、中庭の木陰で風に晒されていた。木の幹に体を預け、目を瞑り腕を組んで微動だにしないそれはビスクドールの中でも特に上等なものに見えた。
記憶力に自信があるというわけではないが、さすがに同僚の顔と名前を知っているジノも、彼(もしくは彼女?)のどれにも覚えはない。仕事の報告の際に顔を見せに行ったラウンズの誰からも、ラウンズに新しく入った人員がいるとは聞かされていない。ただ顔を見せていないだけでジノの知る前からラウンズに在籍していたのか。
ジノはとりあえず支柱に身を隠し、じっと観察してみた。
目を閉じていながらもわかる顔立ちの良さ。ブリタニア人特有の彫りの深いかんばせに薄くかかる珍しい黒髪。傷でもあるのだろうか、左半分は黒い眼帯に覆われている。かわいいというより綺麗な面立ちである。そういえばうちのセブンもけっこうかわいい顔だよなと緑の目をした名誉ブリタニア人の同僚を思い浮かべる。


「…おおぅ」


再び意識を等身大ビスクドールに向けると、それは目を開けていた。
水に溶かした絵の具のように鮮やかで透明な紫色が周囲を射抜いて、ふと和らいだ。
ジノが僅かに感じたのは、失望だった。
肌の白さと浮き立つような見事な黒のモノクロに唯一落とされた紫の色。それだけで完璧にあつらえられた人形のようで、ジノに奇妙な充実感をもたらしていたのに、それの目に感情が宿っただけでその感慨は呆気なく瓦解した。
あれは人形なんかじゃない。
生きた人形は柔らかな表情のまま木立を離れ、黒の重厚なマントをたなびかせて歩いていった。その視線の先に、ミルクブラウンの頭が2つ、並んでいる。


「あれは…」


ふわふわと軽くて柔らかそうな、髪の長い少女とそれに寄り添うように佇んでいる少年に、ジノは見覚えがあった。数年前、アリエスの離宮で病に伏し、命を落としたマリアンヌ皇妃の子たちである。
マリアンヌ皇妃が庶民の出であるため皇位継承権は低いが、みな何かしら秀でたものがあるらしい。そういえばマリアンヌ皇妃が落命した件の当日に長子の皇子が失踪したと言われている。表向き母の死にショックを受け、失意のうちに姿をくらませたとされているが、彼と懇意にしていた高位の皇族たちが探そうとしないことから、後ろ盾をなくした弟妹のために皇帝に直訴し、そのまま放逐されたというのが暇な貴族の話題を沸かせた凡その推測である。
その二人に人形は皇族に対する最上級の敬礼を取り、跪いて少女の手を取った。少女の顔が綻ぶ。


「………ま、…………………す。今日は…………ま………にい、」


静かで控えめに交わされる会話の内容は風に流されて聞き取れない。可能だとしても片方が皇族ならば不敬罪として許されることではない。
ジノはそっと支柱から体を放し、足早にその場を去った。今は背を向けている、細身の黒いマントを目端に留めておきながら。





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「黒のマントを着たラウンズ?」
「そう!めちゃめちゃ美人なの!」
「…女?」
「んー、どうだろう。わかんね」


アーニャ・アールストレイムは呆れたように顔を打ちしかめた。相変わらず手元に携帯電話を置いて放そうとしない。
枢木スザクは飼い猫のアーサーに噛み付かれた指を振り回しながらジノに言った。


「そういえば僕もラウンズの人全員には会ったことないなァ」
「みんなそれぞれ各エリアに飛んだりしてるもんな」


円卓の騎士総勢十二名のうち、4、5人はあまり見ない人間がいる。その中の一人だろうかとジノはスザクと共に首を傾げた。


「どんな人?」
「美人なんだよ。美人。美人。とにかくびじん」
「うるさいジノ」
「美人…ずいぶんと抽象的なんだね。でもジノがそこまで言うんだからきっとすごく綺麗な人なんだね。僕も見たいな」
「そうそう!黒い髪で目が紫でー」
「黒い髪?ブリタニア人?」
「少なくともエリア11や中華連邦みたいな顔じゃなかったから、多分、そう。あとナナリー殿下とロロ殿下と話してた」


アーニャは顔を上げた。スザクは眉をしかめる。


「…皇族と?」
「立ち聞きなんて、ジノ、不謹慎」
「悪かったってアーニャ。あーあ、話してみたいなァ」


あの高貴な立ち振る舞いを思い出す。洗練されたそれはまるで矜持も高い行儀の良い黒猫のようであった。


「…私と同じ、どこかの貴族の出かな」


あの男か女かすらわからない人形のような人物が、退屈のなりが見え始めた今を破ってくれるかもしれないとジノは思った。







(080605)
(080617)改訂