西瓜の種のように、抉ってしまえばどうだろう。きっと魔王と言わしめる悪魔の目は使えなくなる。けれどもうゼロでいられないということはなくなる。投げ出すには遅すぎるほど多くを抱え込んでしまった。ただ一人のためのゼロではなくなったのだ。







「ご主人様の目は、とても綺麗な紫ですね」


仕事が一段落して仮面を外し、冷たい外気に晒されて細く息を吐いたとき、柔らかく耳に心地よい声が聞こえてきた。今やその面影すら残さず消えてしまったふてぶてしさや横柄な態度を少し名残惜しみながら目を向けると、共犯者であった頃の記憶をすっぱりなくして自らを奴隷と思っているただの女の子がおずおずと、けれど口元に柔らかい笑みを乗せて控えめにこちらを見ている。


「そうか?」
「はい。すごく澄んでいて、宝石のような目です」


ルルーシュは自分の顔が奇妙に歪むのを自覚した。彼女の言うような綺麗な目など、自分は持っていない。左の目は血のように凝り、右の目だって汚い貴族社会とたくさんの死体を見てきた。ふと自嘲を遮り彼女を見る。味覚の好みは変わらないのか、ピザをよく食べる彼女はデリバリーピザのマスコットキャラクターを抱いて不思議そうにルルーシュを見ていた。屈託のない金の目は寧ろそちらの方が美しく見える。
苦笑いがこぼれる。


「俺はそんなもんじゃないよ」


そんな綺麗ではない。


「いえ、ご主人様の目は両方とも、綺麗な藤色です」


彼女は今なんと言ったろう。両の目が、紫だと言ったか。
そんなことは有り得ないとルルーシュはバスルームの鏡の前に飛び込んだ。自分を見返す目が2つ。どちらも夕方から夜へ移り変わる途中のような強い紫がある。仮面を被るときは、有事の際を想定して、コンタクトをはめていない。そんな、と弱々しい声が口から漏れ出る。
どんなに目に力を入れようと、いつまで経っても、あの禍々しいながら鮮烈な赤は現れない。後ろで何事かと様子を見ていた輝く若葉色の髪をしたかつての共犯者の目を覗き込み、言った。


「手を頬に添えながら逆立ちして、奇声をあげながら部屋を一周しろ」
「え?あ、あの、わかりました。できるかどうかはわかりませんが…」
「すまない。冗談だ」


以前なら可能不可能の是非は問わず、二つ返事で実行に移っていたというのに。
取り繕う若干の余裕があることを真っ白になりつつある頭のどこか片隅で理解しつつ、ルルーシュは己の中からギアスという唯一にして最大の武器が失せたことを思い知った。


「あ、の…ご主人様?」
「いや…何でも、ない。少し疲れただけだ。10分仮眠を摂るから、時間が来たら起こしてくれないか」
「はい、ご主人様」


真剣に時計の秒針を見つめだした彼女を尻目にソファへ倒れこむ。こんな状態で仮眠などできるわけがない。ルルーシュはゆっくり冷静さを取り戻しながら、次にすべきことと原因を考え始めた。
C.C.がその能力を破棄したから契約した自分にも余波がきたのだろうか。しかし確かめようにも自分以外の契約者で知っている唯一は既にいない。他の契約者がいたという話は、これまで聞いたこともなかった。
そういえばロロの契約者はV.V.なのだろうか。だとしたらV.V.亡き今でもギアスを保持しているロロと今のルルーシュの現状はずれが生じる。
かけたギアスは強制的に無効になるのか。だとすれば機情局の局員にかけたギアスはなくなり、アッシュフォードに自分がいないと騒がれる。だがスザクに自分がゼロであることを明かし、C.C.を狙っていた皇帝がルルーシュに宛がった餌という役割はいらぬ存在であろう。もし皇帝にギアスを失ったと知られれば、それなりの対策を講じられることが面倒だ。ロロに確認を取らせてから手を打とう。
シュナイゼルがギアスのことを知ればやはり頭の良い彼だ、直接自分の目を潰しにくるか、同種の作戦を練るに違いない。スザクは、


―スザクは…


あれの頑固な新年を捻じ曲げてしまった呪いは、解けてしまったか。今となっては何故そのような気分になったかは理解できないが、あのときは、手を取り合えたらどんなことでもできそうな気がした。結局、とんだ茶番だったけれども。
まだ彼にすがろうとする甘い気持ちを振り捨てるように、あれからスザクの弁解はおろか、言葉ひとつない携帯電話を握り締めて目を閉じた。
大切なものは他人に任せたら意味がない。だからこそスザク、戦場で、次にあの白兜に乗って俺の目の前に現れたら、俺はお前を容赦なく殺してみせよう。


「ご主人様、」
「ん、もう時間か」
「いえ、起こすのは、言いつけを破ることになり無礼だと承知ですが…」
「どうした?」


彼女はぬいぐるみと時計を抱き合わせて僅かに逡巡した後、ルルーシュの目にそっと手のひらを置いた。


「あまり気を詰めないでください。お顔の色が良くありません」


ゆっくり、ゆっくり降り注ぐ彼女の体温が、ルルーシュの瞼を自然に降ろしてゆく。
ああ、久しく触れていない人肌は、こんなにも暖かい。















さようなら淡い希望よ!





(080811)