※#13『過去からの刺客』のネタバレを含みます。







わたしは幸せでした。







 土の盛られていく柩は、一年前に作られた彼女の父と同じ霊園に埋葬されることになった。
 一年前。ルルーシュがナリタでブリタニア軍と交戦したときの、被害地域。最前列で人目も憚らずに泣いているのは、彼女の母親だろうか。もう、家族は誰一人いない哀れな母親がこれから先どう生きるかなど、ルルーシュは考えも及ばない。
 彼女の最後を看取ったのはルルーシュだった。ナイフのような細いもので傷つけられた腹からは、泉のようにとぷとぷと血が湧き出て、胸元から腰にかけてを真っ赤にするだけでは飽き足らず、倒れ伏した彼女を中心に円を描くようにしてじわじわと朱の手を広げていった。痛みだってあるだろう、まともに目も開けられず、けれど彼女は必死に口をあくあくさせ、弱々しい声で以ってルルーシュに告げた。
 生まれ変わっても、ルルーシュを好きになる。何度だって、好きになる、と。
 ルルーシュが父の仇に等しいゼロと知っても、ルルーシュを赦すとシャーリーは笑った。死相の色濃い顔は反して穏やかで、ルルはお父さんの仇なのにね、と苦笑いをしていた。
 シャーリーは気づいていた。
 ルルーシュが黒の騎士団という組織の頭領にありながら、学校の中で守られていながら、いつも独りだと。一年前は他人に無防備な笑顔を振り撒かないルルーシュが少ない笑顔を向けたスザクだって、最近はどこか他人行儀で余所余所しい。一年前にルルーシュが取り上げた記憶が戻って、溺愛していたルルーシュの妹が誰に違和を感じさせることなく消えていたとわかり、今や、完全にぽつねんと孤立していると。


わたしはゆるすよ。
ルルが独りなら、わたしがそばにいる。


 シャーリーは言った。壊死の止まらない体で慈愛の笑みを浮かべ、ルルーシュに言った。
 赦されるものか。優しいお前を冷たい土に埋めておいて、許しを乞う資格など俺にはない。有してはならない。
 何度もギアスを使った。死ぬなと、ともすればすがりつきそうなくらい叫んだ。最早すがっていたかもしれない。でも、動けない体は命令を遂行するなんて土台無理な話で、ギアスの不完全さと絶対の死に絶望した。ユーフェミアを殺したときのように、滂沱の涙が頬をくだった。
 ミレイも仕事を差し控えて参列した。ニーナはブリタニア本国の皇室に近いところにいて、シャーリーの訃報が届いたかすらわからない。ナイトオブラウンズに属する前からシャーリーと友人だったスザクも、ミレイと同じく仕事を少しの間抜け出して、喪服に身を包んでいる。
 葬儀はとても晴れやかな日に行われた。今の気分にこれ以上そぐわない日もなかろうくらい、雲ひとつない青空。
 さぞかしいい気味だろう、スザク。
 ルルーシュはうつ向いてひっそり自虐的な笑みを浮かべた。
 お前の大事なユーフェミアを殺し、お前に負わせた耐えがたい喪失感や憎しみと同じものを、たった今俺はまざまざと味わっているのだ。だけれど俺は、決してここでなんて泣かない。シャーリーを笑顔で送りたいから。
 空を見上げる。実に晴れやかな空である。彼女の笑顔に似合う、よく晴れた日だった。


「ルルーシュ」
「なんだ、スザク」
「ごめん」


 ひどい顔をしているという自覚がありながらも、卒然投げかけられた謝罪に振り向く。


「何を謝ることがあるんだ、スザク。お前のせいじゃないだろう?」
「だけど、僕がシャーリーを誰か別の人に任せて警備についたから、」
「お前はナイトオブラウンズだ。それだけで彼女より仕事を優先しなければいけない理由になる。それを言うなら俺だって、あんなところにいてシャーリーに心配をかけたんだ。シャーリーが避難しなかったのは俺のせいだ」
「ルルーシュ…」


 自分の咎だと塞ぎ込み、延々と自分を責め続けるのは容易い。誰かにお前のせいだと糾弾されるならば生易しい悲観に浸っていられるだろう。それらは実行するのは簡単だけれど、それじゃあ自らが停滞してしまうことを、ルルーシュは知っていた。


「…誰かに押し付けられたらいいのにな」


 重い。辛い。耐えがたい。逃げ出してしまいたい。
 しかしルルーシュが負うべき責任は変わらない。果たすべき義務は揺るがない。それこそ、ゼロとして活動を始めたときからついてまわる付随物だ。だからルルーシュはシャーリーの死を誰かに押し付ける気は毛頭ない。


「だからこそスザク、俺はシャーリーを殺した誰かにシャーリーの死を譲るつもりはない」


 譲ってやるものか。この背に全部背負うと決めたのだ。誰一人として取り溢さないと決めたのだ。シャーリーだって、自分が彼女に対してしてしまったことを含めて、全部を。


「顔が見られて、良かった」
 笑ってくれて、良かった。


 きっと、こんな綺麗事を言うにはこの顔は悔恨や怒りで歪んでいて、この手は今も尚、鮮やかな血に染まっている。それでも思わずにはいられないのだ。
 少なくとも、あの瞬間は彼女を愛していたのだから。




(080707)